⭐「歯の再植(歯牙再植 / tooth replantation)」について、詳しく解説します。
🦷 歯の再植とは?
歯の再植とは、一度歯を歯槽骨(歯のソケット)から抜いた後に、同じ位置・別の位置に戻す治療です。
再植には主に2つのタイプがあります:
- 事故などで抜けた歯を元の位置に戻す「外傷性再植」(主に歯の脱臼・完全脱臼=avulsion)
- 意図的に抜歯して処理後に再び戻す「意図的再植(ITR:Intentional Tooth Replantation)」
→ 抜髄・根管治療が難しい症例や治癒の見込みが低い歯根病変に対する選択肢として行われます。
🧠 生物学的背景
再植において最も重要なのは 歯根周囲の「歯根膜(PDL)」の生存と再生 です。
歯根膜細胞が生きていれば、正常な結合組織の再形成=良好な予後 に繋がります。
しかし、乾燥や長時間の非生理的保存(PDL細胞が死滅)では、根吸収(replacement resorption)や骨との癒合(ankylosis) が起こりやすくなります。
他にも再植後の血管新生・神経再生マーカーについて研究があり、初期修復機序の理解が深まりつつあります。
📌 歯根膜(PDL)と再植の関係
成功のカギを握るのは以下の点です:
① PDL細胞の生存
保存期間が長くなると細胞が死滅しやすい → 失敗リスクが増加
最も望ましいのは「即時再植」で、PDL細胞を乾燥させないことです。
② 保存方法
37℃前後の生理的媒体(生理食塩水など)が理想
長時間の乾燥は避ける必要あり
📋 外傷性再植(脱落歯の再植)
❗ 一般的な考え方(国際ガイドライン)
歯が抜けたら 早期に元の位置へ戻す ことが推奨されます。
早く戻せなければ、生存性が低下 → 根吸収・癒着・感染リスクが上がる 可能性があります。
ポイント
非生理的な長時間の乾燥(例:60分以上)は予後不良とされます。
一部では、即時または可能な限り早期の保存と再植 が推奨され、IADT(国際歯科外傷学会)のガイドラインとも一致します。
臨床成績の傾向(研究例)
再植後の根吸収は高頻度に起こると報告されています(replacement typeが約51%)。
※ただし、この累積証拠の質は低いと評価されています。
🧪 意図的再植(ITR:Intentional Tooth Replantation)
意図的再植とは、自発的に抜けたわけではない歯を、治療目的で一度抜いて処置後に戻す手技です。
適応例としては:
根管治療で治癒が見込めない病変
外科的アクセス困難部位
保存不能と思われた症例の「最後の手段」
周囲骨の状況が良好な場合 など
📊 成功率・生存率
最近の総説によると:
短期(6ヶ月以内)の成功率: 約90%
中期(12〜36ヶ月): 約65〜80%
36ヶ月以降も安定する症例あり
※このデータは症例集積・後ろ向き研究が中心で、RCT(高レベルの臨床試験)はまだ不足していると報告されています。
🧠 生物学/病態生理(再植後の修復)
再植後の癒合は2つの段階に分かります:
- 歯根膜の再付着(理想的)
- 結合組織ではなく骨との融合(ankylosis/置換性吸収)
置換性吸収は、歯根膜が失われて骨と癒合した結果として起こり、長期的に歯の喪失につながることがあります。
🧠 合併症・失敗因
再植の主な失敗例としては:
🔹 根吸収(replacement/inflammatory resorption)
→ 抜去・保存状態・時間・感染が要因。
🔹 癒着(ankylosis)
→ PDLなしで骨と直接癒合。
🔹 感染・炎症
→ 再植周囲で慢性炎症が残る場合。
🔹 歯根破折
→ 抜歯時の取り扱いミス。
🧪 エビデンスまとめ(エビデンスレベル)
項目 エビデンスの状況
外傷性再植のガイドライン(IADT等) 比較的高い(国際的な合意)
意図的再植の生存率(後ろ向き研究) 成功率およそ65〜90%
高レベルRCT 不足(必要性が指摘)
再植後の細胞レベル修復機序 基礎研究あり
📍 臨床でのポイント
✅ 即時再植を最優先
→ PDL細胞の生存と成功に最重要。
✅ 適切な保存液(生理的)で保存
→ 長時間の乾燥は避ける。
✅ 術後の固定・抗菌・疼痛管理
→ 再植歯は多少の動揺を残すことがあり、一定期間の安定化と管理が必要です。
✅ 感染コントロール
→ 外傷時の細菌感染には特に注意が必要です。
🧠 再植と移植(関連概念)
再植と似た概念として 自家歯牙移植(移植) がありますが、こちらは別の部位の歯を抜いて目的の部位に移す治療です。
歯牙移植では5〜10年の長期生存率が70〜95%程度の報告があります。
※再植とは目的・プロセス・適応が異なります。
🧠 研究・将来の方向性
近年では、細胞・再生医療の応用研究が進んでいます。
例:細胞ベース治療により PDL治癒を改善し、置換吸収を減少 させる可能性が示されています(動物モデル)。
📌 まとめ:エビデンスから言えること
✔ 歯の再植は 即時再植が最も予後良好
✔ 意図的再植は 有効な選択肢だが、長期予後の確立は今後の研究が必要
✔ 根吸収・癒着のリスクは依然高く、保存・術後管理が成功に直結
✔ 高レベル臨床試験の不足が現状の課題
👉外傷歯(特に歯がぶつけられた・動いた・抜けた場合)の 初期対応(現場・救急段階) を、
エビデンス・国際ガイドラインに基づいて詳細に解説します。
※特に永久歯の脱落(avulsion)は歯科緊急事態であり、適切な初期対応が術後予後を大きく左右します。
📌 1)外傷歯の初期対応の重要性
外傷歯は転倒・スポーツ・事故など日常的に発生します。
特に永久歯が抜けてしまった場合は「最重要の緊急対応」とされ、
早い対応が予後(歯の再植生存率)を最大化することが指摘されています。
📌 2)まずやるべきこと:状況把握と安全確認
◎ ① 全身状態の評価
顔面外傷に伴い、頭部外傷・頸椎損傷・呼吸状態の問題がある場合は、
まずその対応が優先されます。重症例では緊急医療処置が先です。
◎ ② 受傷歯の種類を確認
永久歯(成人歯)
→ 原則として再植を試みるべき外傷です。
乳歯(子どもの歯)
→ 一般に再植は行わない(後継永久歯を傷つけるリスクがあるため)。
📌 3)脱落歯(完全に抜けた歯)の初期対応
◎ ◎ Step 1:歯を見つける
抜けた歯はすぐに見つけ、すぐ処置します。
また、歯が見つからない場合は誤飲・誤嚥(気道内)を疑い、胸部画像を検討します。
◎ ◎ Step 2:歯を扱う時の注意
歯は必ず歯冠(白い部分)を持つ。
歯根(根の部分)を触らないことが極めて重要です。
→ 歯根膜細胞(PDL)が損傷すると予後が悪化します。
📌 4)可能なら「即時再植」
◎ ◎ Step 3:歯を元の場所に戻す
可能であれば即時に、抜けた歯を元の歯槽穴に戻します。
国際的ガイドライン(IADT)も、
「現場で可能な限り即時に再植することが最良の初期処置」
と明記しています。
手順(簡便版)
- 歯冠を持つ
- 汚れていれば軽く洗浄
- ゆっくり元の穴に戻す
- 患者にガーゼやハンカチを噛ませて保持させる
→ 適切に再植できれば PDL細胞生存が高まり、良好な予後が期待されます。
📌 5)即時再植ができない場合の保存
◎ ◎ Step 4:適切な保管液に入れる
現場で再植できない場合は 保存液に浸すことで歯根膜細胞の枯渇を防ぎます。
推奨されるものと優先順位:
✔ 牛乳(Milk) – 手軽で効果的な保存液
✔ 生理食塩水(Saline)
✔ 患者自身の唾液(頬の内側など)
※ 水は避ける(低浸透圧で歯根膜細胞を損傷する可能性あり)。
📌 6)乳歯の場合(重要)
乳歯が抜けた場合は再植しないことが原則です。
→ 再植すると、下にある永久歯胚(生え変わる歯)を損傷するリスクがあります。
乳歯の外傷では、元の位置に無理に戻すより、周囲軟組織の管理や経過観察が優先されます。
📌 7)特別な保存媒体
早期に再植できる場合は不要ですが、長時間になる場合は
ハンクス平衡塩溶液(HBSS)などの専用保存液が最も生体適合性が高いとされています。
スポーツ現場では“Save-a-Tooth”キットなども使用可能です。
📌 8)追加の初期対応事項
◎ 歯の清掃
汚れが付着している場合は、冷たい流水で10秒以内に軽く洗う程度にします。
→ 強くこすらない。
◎ 咬合確認
再植後は、噛み合わせに問題がないか確認します。
必要に応じて暫間固定(スプリント)が施されます。
◎ 全身対応
破傷風予防:汚染された環境での外傷では破傷風予防を検討
抗生物質:再植歯や軟組織損傷がある場合に適応(主治医と協議)
📌 9)初期対応後に受診すべきタイミング
🕐 できれば直ちに歯科受診が理想です。
再植後は、歯科医院で固定・レントゲン評価・感染コントロール・その後の再植歯管理を行います。
📌 10)現場対応のまとめ(ファーストエイド)
- 安全を確認する
- 抜けた歯を探す
- 歯冠を持って扱う
- 可能ならすぐ再植する
- 再植できなければ保存液に入れる
- 速やかに歯科受診へ
📌 11)臨床的ポイント(エビデンス)
✔ 即時再植は最良の初期対応と考えられている(IADTのガイドライン)。
✔ 牛乳・生理食塩水・唾液などの保存液は有効な初期対策。
✔ 乳歯は再植しない(永久歯胚を守るため)。
📌 12)特に覚えておくべき点
👉 30分以内に対応するほど予後が良くなる傾向(PDL生存が鍵)。
👉 水ではなく、適切な保存液に入れるのが大事。
👉 再植後は必ず歯科で評価・固定・フォローが必要。
① 歯の外傷の種類別対応
(亜脱臼・転位・破折)
1.亜脱臼(Subluxation)
■ 状態
歯は抜けていない
わずかに動揺がある
出血(歯肉溝出血)・打診痛がみられる
レントゲンで位置異常はほぼなし
■ 初期対応(現場)
無理に動かさない
出血があれば清潔なガーゼで圧迫止血
早期に歯科受診
■ 歯科での対応
原則:経過観察
動揺が強い場合のみ柔軟なスプリント固定(約2週間)
咬合調整を検討
■ 予後・エビデンス
永久歯では予後良好
歯髄壊死の発生率は低い(約3〜6%)
定期的な生活反応(歯髄診断)が重要
(IADT 2020)
2.転位(Luxation injuries)
転位は 歯の位置異常を伴う外傷 で、予後に大きく影響します。
① 側方転位(Lateral luxation)
■ 状態
歯が横方向にずれて固定された状態
打診で金属音(ankylotic sound)
歯槽骨骨折を伴うことが多い
■ 初期対応
現場では触らず固定
早急に歯科(できれば当日)
■ 歯科での対応
局所麻酔下で元の位置へ整復
柔軟固定(4週間程度)
歯髄壊死リスクが高いため経過観察
■ エビデンス
成熟永久歯では歯髄壊死率が高い(50%以上)
早期整復が予後改善に寄与
② 挺出(Extrusive luxation)
■ 状態
歯が引き抜かれたように長く見える
動揺が大きい
■ 初期対応
無理に戻さない
ガーゼで保持
速やかに歯科へ
■ 歯科での対応
手指または器具で慎重に整復
固定(2週間程度)
■ 予後
根未完成歯:歯髄回復の可能性あり
根完成歯:歯髄壊死リスク高
③ 嵌入(Intrusive luxation)
■ 状態
歯が歯槽骨内に押し込まれる
最も重篤な転位外傷
■ 初期対応
現場での処置不可
即歯科・口腔外科へ
■ 歯科での対応
軽度:自然挺出を待つ
中等度以上:矯正的 or 外科的牽引
根完成歯では高率で歯髄壊死
■ エビデンス
歯根吸収・癒着のリスクが最も高い
長期フォロー必須(5年以上)
3.歯の破折(Tooth fracture)
① エナメル質破折
痛みほぼなし
破折片があれば保存して歯科へ
審美的修復のみ
② エナメル・象牙質破折
冷水痛あり
露髄なし
早期封鎖で歯髄保護
③ 露髄を伴う破折(複雑性破折)
強い痛み・出血
時間依存性が非常に高い
早期に部分断髄・直接覆髄
■ エビデンス
受傷後24時間以内処置で歯髄保存率が有意に高い
④ 歯根破折
歯の動揺・歯肉出血
レントゲンで診断
位置により予後が大きく異なる
② 学校・スポーツ現場での応急キット作成方法
■ 応急キットに入れるべきもの(必須)
🔹 基本セット
清潔なガーゼ
使い捨て手袋
小型ライト
連絡カード(かかりつけ歯科)
🔹 再植対応セット(最重要)
保存液
牛乳(常温OK)
生理食塩水
HBSS(Save-a-Tooth など)
清潔な密閉容器
🔹 補助用品
マウスガード予備(可能であれば)
タイマー(受傷時間管理用)
■ 現場対応フローチャート(永久歯脱落)
- 安全確認
- 歯を探す
- 歯冠部を持つ
- 汚れを軽く洗う
- 可能なら即再植
→ 無理なら保存液へ - 30分以内に歯科へ
■ 教育・掲示のポイント
「歯は水に入れない」
「歯根を触らない」
「乳歯は戻さない」
③ 乳歯外傷の処置ガイド(重要)
■ 基本原則
👉 乳歯は原則として再植しない
理由:
後継永久歯胚を損傷するリスク
癒着・形成不全の原因
■ 乳歯の外傷別対応
● 乳歯亜脱臼
経過観察が基本
軽度なら自然回復
● 乳歯転位
軽度:自然整復を待つ
強い転位:抜歯を検討
● 乳歯脱落
再植しない
出血管理と保護者説明
● 乳歯破折
歯髄露出あり → 抜歯が選択されることが多い
■ 保護者への説明ポイント
永久歯への影響は数年後に出ることがある
定期フォローが必要
歯の変色・腫脹があれば早期受診
🔑 総まとめ(現場で覚えるべき要点)
✅ 永久歯脱落は「時間との勝負」
✅ 転位・嵌入は自己判断で触らない
✅ 乳歯は戻さない
✅ 応急キットと教育が予後を左右する


