⭐歯科用 エルビウム・ヤグ(Er:YAG)レーザー の臨床応用はここ数年でエビデンスが増え、用途ごとに利点・限界・推奨される運用が整理されてきました。
今回は 最新の知見(2023–2025 年のレビュー・臨床試験を中心) を踏まえて、臨床応用別にまとめます。
概要 — エルビウム・ヤグ(Er:YAG)レーザーの特徴
波長:2.94 µm(Er:YAG)。
水とハイドロキシアパタイトに強く吸収されるため、硬組織(エナメル・象牙質・骨)の蒸散と軟組織の蒸散の両方に使える(ハイブリッド用途)。
水噴霧併用で組織の熱ダメージが抑えられ、蒸散(アブレーション)作用が効率的。
根管内では 光音響的(photoacoustic)現象 を利用した洗浄(PIPS や SWEEPS 等)が注目されている。
【臨床応用別のポイント】
1) 歯周治療(非外科・外科)
適応:残存ポケットの治療、歯肉の蒸散・切除、歯周外科(補助)や歯周ポケットの殺菌・デブリードメント。
エビデンス:複数の臨床試験・総説で、スケーリング&ルートプレーニング(SRP)単独に対し、Er:YAG を併用すると短期的なPD(プロービング深さ)改善や出血減少が得られるケースがあると報告されている。
特に残存ポケットや再治療領域で有用という報告が増えていますが、長期的な臨床的優越性についてはまだ研究のばらつきがあり結論は限定的です。
利点:術後疼痛の軽減、出血少、歯肉の短期回復が早いという報告あり。
注意点:パラメータ(出力・パルス幅・水量)やハンドピースの使い方で効果が大きく変わるため、機器メーカーの推奨設定・研修を遵守する必要あり。
2) インプラント周囲炎(peri-implantitis)
適応:インプラント周囲のデブリードメント・表面デコンタミネーション(非外科的・外科的いずれも補助的に使用)。
エビデンス:最近のレビューや臨床研究で Er:YAG がインプラント表面の汚染除去に有効で、炎症指標(PD・BOP)や微生物負荷を改善する報告が増加。
ただしインプラント表面を傷つけないパラメータ管理が重要(過度のエネルギーは表面粗造化・損傷を招く)。
利点/留意点:摩耗や熱ダメージを避けつつ殺菌できる点が魅力だが、器材・テクニックの熟練が必要。
3) 根管治療(根管洗浄・消毒)
技術名:PIPS(Photon-Induced Photoacoustic Streaming)や SWEEPS 等の光音響活性化法。
エビデンス:近年の臨床試験・系統的レビューで、Er:YAG を用いた光音響活性化は従来のニードル洗浄や超音波洗浄より根管内の細菌除去・デブリ除去に優れるという結果が複数報告されています。
低濃度NaOClでも同等以上の効果を出せる可能性が示唆されています。
利点:細枝分岐部への到達性改善、術後疼痛低下の可能性。
注意点:根尖外への溶液押し出し(extrusion)・熱影響を避けるため、推奨されるプロトコル(短パルス・低出力・適切なファイバーポジショニング)に従う必要あり。
4) 虫歯除去・修復処置(選択的う蝕除去)
適応:浅〜中等度のう蝕除去、選択的う蝕除去(ミニマルインターベンション)に利用。
エビデンス:臨床報告で 麻酔使用率の低下、患者の不快感減少、う蝕除去後の接着性維持などの利点が示されている。
長期の修復生存率についてはデータが蓄積中。
利点:子供や不安の強い患者における「無痛性」に寄与することが多い。
注意点:エナメル・象牙質の表面形態が回転切削器具と異なるため、接着操作(エッチング・接着剤選択)に配慮が必要。
メーカー推奨の表面処理プロトコルに従うことが重要。
5) 軟組織外科(フレンクトミー・クラウンレングスニング等)
適応:フレン摘出、口蓋の過剰組織の切除、歯肉整形など。
利点:出血少、縫合が不要となる場合がある、術後腫脹が少ない。
Er:YAGは軟組織蒸散も可能で、外科的操作での有用性が高い。
注意点:対骨性切除(骨削)を伴う場合は他の器械(骨トリミング器具)との組合せ検討が必要。
安全性・禁忌・運用上の注意
熱影響と水冷:Er:YAGは水噴霧を用いることで熱ダメージを抑えられるが、設定を誤ると組織損傷やインプラント表面損傷を招く。
必ずメーカー推奨の水量/出力を守る。
保護具:レーザー保護ゴーグル、適切な窓/表示、吸引によるエアロゾル管理を徹底。
教育とプロトコル:パラメータ(エネルギー、周波数、パルス幅、照射時間、距離、ハンドピースの角度)ごとに標準化されたプロトコルを作ること。多くの研究が「適正なプロトコルが効果と安全性を左右する」と指摘しています。
実務的な推奨(臨床で導入する際のチェックリスト)
- 目的別の推奨プロトコルを用意(歯周、根管、インプラント周囲、軟組織、う蝕)
- メーカー主催の実技研修を受講(特にPIPS/SWEEPSは実技が重要)
- 感染対策と吸引、レーザー保護具の整備
- 症例選別(重度出血や出力管理が難しい症例は注意)
- 術後評価のルーチン化(PD・BOP・X線・患者報告アウトカム)でエビデンスを蓄積する
【研究の現状と今後の課題】
近年(2023–2025)で 根管洗浄(PIPS/SWEEPS)とインプラント周囲炎、残存ポケット治療への有用性を示す報告が増えています。
👉特に根管洗浄では比較的強いエビデンスの蓄積が進行中です。
しかし、長期の臨床アウトカム(数年単位)や、使用パラメータの標準化はまだ不十分で、今後の多施設ランダム化試験やプロトコル統一が求められます。
代表的な参考(最新レビュー・臨床試験)
Er:YAG レーザー総説(2025) — Er:YAG と peri-implantitis の可能性。
「Enhancing Root Canal Disinfection with Er:YAG」系統的レビュー(2025) — PIPS/SWEEPS の有効性。
Er:YAG を含む歯周治療のメタレビュー(2024–2025):残存ポケット治療での有用性を示唆。
選択的う蝕除去における Er:YAG(2023) — 患者快適性と微生物減少。
最後に(臨床での実践提案)
Er:YAG は 「適切な手技・パラメータで使えば」 非常に有用な多目的ツールです。
特に 根管洗浄(PIPS/SWEEPS)、インプラント表面デコンタミネーション、残存ポケットの再治療あたりは導入メリットが実感しやすい領域です。
一方で パラメータ管理・研修・症例選択が結果を左右します。
導入前に機材の技術サポート・教育プログラムを確認することを強く推奨します。
モリタ(J. Morita)製 Er:YAG レーザー「Erwin / Adverl(アーウィン/アドベール)シリーズ」 の臨床応用・実践プロトコルを、機器仕様・メーカー情報と最近の文献を合わせて整理します。
注意:以下は「メーカー公称スペック+最近の臨床知見」に基づく臨床での実務案で実際の照射パラメータは必ず該当機器の添付文書/取扱説明書とメーカー研修に従う必要があります。
安全面(保護メガネ・吸引・換気・水噴霧)と院内プロトコルの順守を前提とします。
1) 機器の要点(Adverl/Adverl SH / Evo 系)
波長:Er:YAG 2.94 µm(硬組織・含水組織に高吸収)。
出力設定域(ハンドピース先端でのエネルギー):10–400 mJ/パルス(繰返し数により可変)。
機種によりパルス幅モード(Hard / Soft)やプリセット治療モードを備える。
水噴霧の有無や量を同時に設定可能。
2) 臨床応用ごとの実践パラメータ例(Adverl 系に合わせた推奨レンジ)
以下は文献で使われる値・メーカー仕様を組み合わせた例です。
必ず機器付属のプロトコルと研修を優先。
A. 根管治療 — 光音響活性化(PIPS/SWEEPS)
目的:根管内デブリ・細菌減少、側枝・イソムルの洗浄効果向上。
代表的文献プロトコル(Er:YAG PIPS):
エネルギー:~20 mJ/パルス
周波数:10–20 Hz(しばしば15 Hz)
パルス幅:短パルス(PIPS 用ファイバー使用)
チップ:専用ファイバー(closed-ended radial tip 等)を根管入口付近に位置付け、根管内にファイバーを深く入れない。
洗浄液:0.5–1% NaOCl(低濃度でも光音響で効果を期待)
照射時間:数サイクル(例:3–5 s × 数回、吸水・再補給を挟む)
実際のAdverlでは、機器のマニュアルに従い 低エネルギー・短パルス を選びます(PIPSは「低mJ × 短距離で光音響を発生させる」戦略)。
文献でも20 mJ, 15 Hz の報告があり、Adverl の出力レンジ内で再現可能です。
B. う蝕除去(選択的う蝕除去を含む)
目的:無痛的窩洞形成・象牙質の選択的除去。
推奨例(Hard モードを用いることが多い):
エネルギー:100–300 mJ/パルス(病変深さやチップにより調整)
周波数:10–20 pps
水:中〜強めの噴霧(蒸散時の過熱防止)
チップ:C シリーズ等のコンタクトチップ(メーカー推奨)
臨床的利点:麻酔回避や患者不安の軽減、微小侵襲性が挙げられます。
接着修復ではレーザー後の表面処理(エッチング等)プロトコルに注意。
C. 歯周治療(非外科的デブリードメント・歯周外科補助)
目的:ポケット内の有機デブリ、コンタミネーション除去、止血。
推奨例(非外科):
エネルギー:30–120 mJ/パルス
周波数:10–20 Hz
水:あり(十分な噴霧)
手技:ポケット内を穏やかにスキャン、直接接触/非接触は状況により使い分ける。
エビデンス:SRPとの併用で短期的PD改善や出血減少を示す報告があるが、長期優位性はまだ統一的結論なし。
パラメータ管理が治療効果に大きく影響。
D. インプラント周囲炎のデコンタミネーション
目的:インプラント表面上のバイオフィルム/汚染物質除去。
推奨例:
エネルギー:20–80 mJ/パルス(低中出力) — 過度のエネルギーは表面損傷の危険。
周波数:10–20 Hz
水:必須(冷却と破片除去)
手技:非接触またはわずかな距離を保ちスキャン(チップの種類により接触可否は変わる)。
留意点:インプラント材(チタン)表面を傷めないよう、低エネルギーかつ水冷条件を厳守。
E. 軟組織処置(歯肉切除・ガムピーリング・止血等)
目的:歯肉整形、色素沈着除去、止血など。
推奨例(Soft モード):
エネルギー:50–150 mJ/パルス(症例により)
周波数:10–30 Hz
水:通常は少量または使用しない(Softモードでの蒸散)
利点:術中出血が少なく、術後腫脹や疼痛も軽減されやすい。
F. 知覚過敏・象牙質シーリング
目的:知覚過敏部位の即時処置(象牙細管閉塞)。
推奨例:
低〜中出力(具体値はメーカー添付文書参照)で短時間スポット照射。
再発防止のためにフッ化物処置併用が一般的。
3) チップ(先端)選択と取り扱い
Adverl 系は C(カリエス)・P(ペリオ)・R(ルート)・S(サージカル)・PS(ペリオ+スペシャル)・PSM(PS+メタル)・F(フラット)・T(テーパー)。
用途(硬組織切削、根管用ファイバー、歯周ポケット/インプラント用)に応じて使い分けます。メーカーが推奨するチップと対応モードを必ず確認。
4) 安全管理・注意点(絶対遵守)
- 保護ゴーグル(スタッフ・患者共に)着用。
- 適切な吸引(エアロゾル対策) を行う。
- 水噴霧量の管理:水冷を怠ると熱損傷。
- インプラント処置は低エネルギーで慎重に(表面損傷を避ける)。
- 根管ではファイバーの位置を根尖から離す(押し出しリスク低減)。
- 添付文書の禁忌・警告を厳守。
5) 保険算定(日本の現状)— Adverl の導入で関連する点数
Adverl(Er:YAG)を用いた治療に関し、保険収載の加算項目が明記されている販売代理・説明資料があります(例:う蝕歯無痛的窩洞形成加算 40点、手術時歯根面レーザー応用加算 60点、口腔粘膜処置 30点、レーザー機器加算 50/100/200点 等)。
ただし算定要件・適用条件は頻繁に更新されるため、算定にあたっては最新の診療報酬通知・保険者ガイドラインと機器メーカーのリーフレットを照合のうえ確認してください。
6) 実践的アドバイス(導入〜症例運用)
導入前:メーカー(モリタ)による導入研修・実技講習を必須にする。
院内プロトコル:用途別のプリセット(機器メモリ)を作成し、誰がどのプリセットを使うか定める。
記録:症例ごとにパラメータ(mJ, Hz, モード, チップ, 水量)を電子カルテに残す(将来の臨床評価に必須)。
メンテナンス:定期検査(光学系・冷却系・ファイバー損耗)をメーカー指示通り実施。
G 参考文献・資料(抜粋)
モリタ製品ページ(Adverl SH 製品情報・技術仕様)。
製品パンフレット/取扱説明書(Adverl Evo / SH PDF)。
根管洗浄における Er:YAG(PIPS/SWEEPS)レビュー(2024–2025 の系統的レビュー等)。
歯周治療・インプラント周囲炎に関する近年のレビュー。